第九回007 TV吹替声優紹介〜第三期 悪役・脇〜
 

 第三期の悪役は、社会情勢の変化に合わせてか、これまでの誇大妄想狂的な大富豪は影を潜め、現実世界レベルかつ複雑なキャラクターが増えてきました。声の担当も、一筋縄ではいかない個性的面々が登場!

 

 『ユア・アイズ・オンリー』のクリスタトスは、表向きは西側に協力する実業家。ところが、裏では悪事の限りを尽くし、ミサイル誘導装置「A・T・A・C」を強奪して東側に売りつけようとします。劇中では直接描写が無いので気付きにくいのですが、目的のためには手段を選ばず、邪魔する人間はすべて抹殺する、とんでもない大悪党です。
 この無慈悲かつ狡猾な悪役の声を演じたのは穂積隆信。中年世代には「飛び出せ!青春」の教頭先生で有名ですが、洋画吹替の世界では主役から脇役、善人から悪人まで自在に演技を繰り広げる、業界の重鎮のひとりでもあります。
 スピルバーグの『激突!』では、主人公のデニス・ウィーバーを神経症的なぴりぴりした声で演じ、『ゴッドファーザー』では粗暴なソニー(ジェームズ・カーン)を、声の演技でさらに強烈なキャラクターに押し上げ、『アニマル大戦争』では、凶暴化したレスリー・ニールセンを、キレまくった声でモンスター化させました。「刑事コロンボ」以外のピーター・フォークの、ほぼFIX声優でもありました。本作のように腹に一物ある悪役には、穂積氏の硬質な声とエキセントリックな演技が、実にしっくりきますね。

 

 

 『オクトパシー』のカマル・カーンの声は田口計が演じました。この方はテレビドラマへの出演も多く、特に時代劇では必ず顔を見たことがあるはず。「水戸黄門」では悪代官役で、何度も何度も、何度も何度も、何度も何度も(笑)登場しています。もちろん、洋画や海外ドラマでも活躍されている大ベテランです。洋画で声を担当する俳優も大物が多く、ケーリー・グラント、マーロン・ブランド、リチャード・バートン、ジャック・ニコルソンなど。『ダーティ・ハリー』シリーズのハリーの上司(ハリー・ガーディノ)の声で、吹替ファンには馴染みがありますね。
 落ち着いた低音の声とベテランならではの余裕のある演技で、印象の薄いカマルの迫力が5割り増し。本作がTV放送される際、演出の小山悟さんが田口氏をカマル役に指名して出演してもらったということですが、その起用は大成功だったといえるでしょう。

 

 

 『美しき獲物たち』には、野沢那智が登場! 広川太一郎X野沢那智という二枚目声の二大声優共演という、"夢のカード"が実現しました。お二方とも基本的にはメインを張る方ですから、あまり共演した作品がないんですよね。しかも、クリストファー・ウォーケンのFIX声優として、野沢氏を起用しているので、洋画劇場ファンにとっても嬉しい配役。
 本作の野沢氏は、晩年の頃の粘っこい喋りではなく、耳に心地よい美男子声を存分に楽しむことができます。静かな喋りでボンドと腹の探りあいをするシーンなんかは、鳥肌モンですな。後半にむけて次第に狂気を爆発させるウォーケンの演技に、野沢氏の声が絶妙にシンクロしてゆくところも、聴きどころです。なにせ、野沢氏はキレ演技も得意な方ですから。

 

 

 『リビング・デイライツ』は、メインの悪役が二人に分散されていますが、ベテラン声優を配役してオイしさ二倍になっています。まず、狡猾なソ連の将軍コスコフに羽佐間道夫。007シリーズの悪役として、満を持しての登場です。そして武器商人ウィティカーには、シリーズの悪役常連の内海賢二。ディーン・マーティンとサミー・デイヴィスJr.の声優コンビですよ! もしくは「俺がハマーだ!」のハマー刑事とトランク署長(笑)
 他の作品でも共演が多いというお二人は、本作でもバランス良く悪役を演じています。前半は小心者のふりをして、後半に飄々とした態度で悪事を行うコスコフは、羽佐間氏の持つコミカルさがマッチしています。内海氏のウィティカーは、過去の悪役のように前に出すぎず、コスコフと対等の悪役としての立ち位置を守っています。役柄に応じた自在な演技ができるところが、お二人のスゴいところですね。
 「日曜洋画劇場」版では、コスコフを江原正士、ウィティカー(放送ではウィタカー)を玄田哲章が演じました。遂にボンドが悪役の声を!(『トゥモロー・ネバー・ダイ』のCX「ゴールデン洋画劇場」での初回放送で、江原氏はブロスナン=ボンドの声を演じています) 江原氏のコスコフは、ややドスのきいた声で、羽佐間氏よりも、さらに悪そうになっています。玄田氏のウィティカーは、逆に小物感が少し出ていて、プーシキン将軍に脅されるときの慌てた様子は、玄田氏ならではの味わいが良く出ていました。

 

 

 『消されたライセンス』は、遂に登場というか、ハリウッドの頂上コワ面ロバート・ダヴィがボンドと対決します(実際は、全編ボンドに騙されっぱなしですが…)。そして声は、これまた声優業界のコワ面声の一人、麦人が担当。「新スタートレック」のピカード艦長の2代目の声で、演じたパトリック・スチュワートのFIXでもあります。「日曜洋画劇場」版の『ダイ・ハード』、『ハードネス』などのR・ダヴィでも声を担当し、半FIXといえます。
 R・ダヴィが人の良さそうな笑顔をしちゃうんで、サンチェスのキャラがどことなく凄味に欠ける瞬間があるのですが、麦人の低音でちょっとダミ声の演技が、凄味を付け足しているのが、TV放送吹替版のポイントです。
 VHS版では、若本規夫が声を演じました。若本氏といえば、独特の喋りのナレーションで有名ですが、この頃は普通の演技です。声優になる前に機動隊員だったこともあり、怒声の演技はマジでビビります。サンチェスは取り乱すことはほとんどないので、若本氏の演技も冷徹な喋りですが、コワさはビンビン伝わってきます。クライマックスでブチ切れるところで本領発揮。チビりそうになりますわ(笑)

 

 

 さて、メインではありませんが、その後大物になったサブの悪役を最後に紹介。『消されたライセンス』のダリオを演じたベニチオ・デル・トロです。
 本作では、CIAのパムにバーでボコられて鼻血ブーになったり、粉砕機でミンチになったりと、目だった出番もなくいいところ無しですが、ラリったような眼差しで終始ニヤけっぱなしで、強烈に印象に残るキャラの一人でした。案の定、本作の後にあれよあれよと出世してゆきましたからね。TBS版では古田信幸、「日曜洋画劇場」版では成田剣が声を担当。VHS版では、後にダルトン=ボンドとなる鈴置洋孝が声を演じています。

 

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